同じ本や言葉に触れても、そっと背中を押される日もあれば、かえって傷ついてしまう日もあります。
それはきっと、本や言葉が悪いわけでも、心が弱いわけでもなくて、ただ、受け取れる時期が少し違っただけなんです。
同じ本が、刃になる日もある
「ゆっくりでいいよ」
何度も聞いた温かい言葉です。けれど、心が疲れ切って、それができない状態の私には、その言葉さえうまく受け取れませんでした。
休養中、知人から「同じ適応障害の人が回復したのを知っている。だから、大丈夫。あなたも治るよ」と声をかけてもらったことがあります。
私を心配して、善意で言ってくれていることは痛いほどわかりました。
けれど、その優しいはずの言葉は私の肩に重くのしかかり、息もしづらくなるほど、強く負担に感じたのを覚えています。
回復した人がちゃんといるのに、同じようにできない自分はやっぱりダメな人間なのだと、とても苦しくなったからです。
本もまったく同じでした。
前を向けた人もいれば、背中を押された人もいる。
そして、誰かが救われた言葉が、今の自分には刃のように刺さってしまう。
それはきっと誰のせいでもなく、ただその言葉を受け取る時期が、まだ来ていないだけだと思います。
今の自分の状態がわかるなら
もし、今は無理そうだなと感じたのなら、それはもう素晴らしいことだと思います。
自分の立ち位置に気づけている。
それができているのなら、それだけで100点満点の花丸で、大成功です。
周りの状況は変えられません。そして、その必要もないと思います。今は、自分の気持ちを拾えたら、それだけでじゅうぶんです。
必要になったら、たぶん手が伸びる
あの人が読んでいる本。誰かが始めた、素敵な何か。
気にはなるけれど、どうしても手が伸びないときは、今はまだそのタイミングではないのだと思います。
やらなきゃと追い立てられて動くのではなくて。
本当にそれが必要になったとき、きっと勝手に手が伸びると思います。まるで小さな衝動みたいに。
だから、慌てなくて大丈夫です。
タイミングは、変わることがあります
途中で閉じてしまった本を、私はしばらく開くことができませんでした。
けれど時間をおいた今、私はその続きを最後まで手に取ることができました。
同じ本なのに、受け取り方が変わったのです。きっと、変わったのは本ではなく、私の方です。私の中の季節がゆっくりと巡ったからです。
──今、目を向けられなくても大丈夫。
静かな森の中で深呼吸をするように、ただここに存在して、心を休めていること。それが何よりも大事なことで、ただそれだけで、今のあなたはもう、じゅうぶんな時間を過ごしています。それ以上にならなくても、求めなくてもいいんです。
大丈夫じゃなくても平気です。
静かに根を張る植物のように、目に見えないところで、芽を出す準備が進んでいます。